アドニスたちの庭にて
 “青葉祭” 〜お久し振りねvv A

 


          




 さっき掴んだ草のせいで、ますます切ってしまった手のひらへ、十文字くんはそりゃあ手際よく自分のハンカチを巻いてくれた。鞄を持ってりゃ傷薬もあったんだがな、ガッコの保健室で消毒してもらえと、とりあえずのヒリヒリ痛への対処をしてくれて。それから…ちょっとだけの立ち話。どうかすると年明けてから初めて逢うんじゃないか? そうだね。十文字くん、秋からこっちは試合と練習で忙しかったんでしょ? 蛭魔さんから聞いたもの。そっちこそ、学校行事が多かったんだろ? 学園祭にマラソン大会、あと卒業式の手配も、生徒会が一手に引き受けたってな。そちらさんも蛭魔さんから話を聞いていたそうで、
「…あいつ、よくもまあ両立させてたよな。」
「そですよね。」
 両方の“大変”へ両方とも主要な立場に立って携わり、中途半端をしないで、きっちり消化しちゃった訳ですものね。なんてタフな先輩さんなんだか。
「アメフトの方は三年生になっても続けるんでしょ?」
「らしいぞ。」
 何せクラブチームだからな、このまま持ち上がりって手もあるし。十文字くんのその言いようへ、
「あれれ? 大学のチームに進学するかもってお話も聞いてますけど。」
「ああ。どっちにするか、まだ決めてないってよ。」
 将来的に実業団のXリーグに進むとか、それを経て“本場アメリカ”を目指すんなら、このままウチのチームにいた方が勝手は良いけれど、同世代を相手の対外試合は、やっぱ大学のチームに入ってる方がたくさん消化出来るからな。大学に進学するってんなら尚のこと、時間の使い方の効率を考えたって、そっちのチームでやる方が4年もの成長期を有意義に使えるし。
「そうなんですか。」
 セナくんには残念ながら“専門外”なお話だから、説明してもらった事情とやら、実はあんまりよく判らなかったんだけど。自分には思いも拠らない“アメフト”というスポーツを主眼目に据えた進路というもの、そういう選択もあるんだよと聞かされて、心から感心してしまっている。陽射しを吸い込んで琥珀に透き通った大きな瞳が、ちょっぴり戸惑いつつもぱちぱちっと瞬いて、知らない世界のお話を興味深げに聞いている。
“こいつ…。”
 相変わらずに小さいなと思った。さっき懐ろに抱えた体つきなんて、羽根みたいに軽かったし、女の子みたいにふんわりと柔らかい肉付きの下、細っこい骨格がすぐにも手にあたって、下手に掴んだら壊れちゃうじゃないかって思うと、柄になくドキドキした。ふわふわな髪からは甘い匂いがしていたし、
“ホントに男、なんだろか。”
 まじまじと見つめると、ボールを抱えたポーズにて、んん?と小首を傾げる仕草が、何かの小動物みたいでまた可愛い。こいつ絶対、何かハミングする時は、踵を上げて小さく頷きもってリズム取るタイプだよななんて、それこそ妙なことをまで思っていると、
「十文字くん?」
 ますます怪訝に思われたらしい。どうしたの?と声を欠けられ、あわわと覚醒。
「あっ、ああのっ。ああそうそう。お前んトコに、やたらでっかい新入生が入ったんだってな。」
「え?」
 それって、水町くんたちのことかな。凄ぉい、もう他所のガッコにまで噂が轟いてるんだと、我がことの誉れみたいに“うふふvv”と笑ってから、
「うん。凄っごく大きいんだよ? でもね、何てのかな、格闘技する人みたいな“大きい”じゃなくって、機敏だし可愛いの。」
「可愛い?」
 今度は十文字がキョトンとする番で、跨がったまんまなバイクのハンドルに腕を置き、
“デカいのに可愛い?”
 拡大コピーをかけたように、今のままの頭身バランスで自分を見下ろすサイズになったセナ…を連想し、
「ホンットにそんな奴なのかよ?」
「何で?」
 可愛いという形容詞が障害になって
(笑) 想像力が追いつかないらしい十文字くんが、何か根拠を持ってるような言い方なのに気がついて、セナが追って訊ねると、

  「だってよ、ヒル魔が…。」
  「蛭魔さんが?」
  「何でこんな田舎のガッコに来てるかなって、ぶつくさ言ってたし。」
  「………え?」

 意外な名前が飛び出して。セナの思考が一旦停止。そりゃあまあ、体格とか帰国子女だってこととか、何かと目立つ彼ら二人だから、蛭魔さんだって早速にも色々と調べていたに違いなく。どんなスポーツが得意だろうか、バイリンガルって聞いたけど、ちゃんとした純正のキングス・イングリッシュなのか? そういうのを控えておいて、インターハイや国体、英語の弁論大会なんかへ有力な人材を出場させる“梃入れ”なんかもしている、優秀有能な諜報員さん。でも………。

  “だったらどうして、ボクには何も聞いて下さらないのかな?”

 偉そうかもしれないけれど、水町くんの方に関しては、中等部時代に仲良しだったから、得意なこととか好きなものとか、色々知っているのにね。ボクなんかの視点とか分析なんていう、甘ったれたデータは要らないからかしら。でもでも、雷門くんのことを、昨年 結構訊かれたような気が。それに、
“何でこんなトコに来てるのかな…って?”
 言いようが何だか。既に知ってる人への感慨っていう言い方みたいに聞こえるのだけれど。もしかして蛭魔さんて、水町くんと筧くんのこと、知ってたのかな?
“でも…蛭魔さんは高等部からの途中入学者なのに?”
 水町くんは中等部の1年間だけ此処にはしかいなかったから、二人は在籍期間が全くかぶっていない。此処じゃないところで彼を知ってたって事?
「? どした?」
 何だか何かが妙だようと、今度はセナの方が考え込んでしまい、置き去りにされた十文字がおいおいと肩を叩けば、それを指してのことだろう、

  「そこのお前っっ!!」

 頭上からそれはよく通る怒号が降って来た。何だ何だと、沈思黙考しかかっていたセナまでが我に返って見上げた先には。敷地を囲む金網フェンスの向こう側、やはりスポーツウェア姿のそりゃあ大きな生徒が二人、こちらを見下ろしており、
「………もしかしてあれが。」
「うん。茶髪の方が水町くんで、その後ろにいるのが筧くん。」
 突然の怒号の意味が、まだピンと来てない二人が、視線は彼らに向けたまま、そんな言葉を交わしていると、
「小早川さんから離れなっ!」
 さすがは長身、長い腕で体を引っ張り上げながら、やっぱり長い脚でがしゃがしゃと大股に2、3歩よじ登っただけで、フェンスの頂上まで一気に登り詰めてしまった水町くんが、そのままこちら側の土手へと鮮やかに飛び降りて来て、傾斜をものともせず駆け降りて来た。目指すはこっちの二人連れ。しかもさっき口走った言いようからして、
「え? え? え?」
 もしかせずとも、何か大きく勘違いしている彼なような。よほど運動神経が良いからだろう、危なげなくも駆け降りてくるのが、空の高みから颯爽と舞い降りてくる大鷲か鷹みたいだけれど、そのまま突っ込んで来ようとしつつ、しかもしかも大きく右腕だけを引いた構えは…もしかしてっ!

  「こんのぉっっ!!」
  「ダメぇっっ!!」

 走って来た加速も乗った、大きく反動をつけた右ストレートが飛び出しかかったのと、語尾がよじれた甲高い悲鳴が、それを制すように放たれたのがほぼ同時。小さな体をそれでも目一杯に広げて、一気に駆け降りて来た水町くんと、バイクに跨がったままだった十文字くんとの狭間に立ち塞がったセナであり。人間、咄嗟の時には身を竦めて縮こまるものだってのに、
「…小早川さん?」
「おい?」
 怖かったには違いないらしく、ぎゅううっと眸を瞑っているままな小さな防壁くん。後から降りて来て追いついた筧くんが、
「大丈夫ですよ、小早川さん。」
 そっと小さな肩に手を置けば、ぎりぎりで踏みとどまってくれた水町くんだったらしいとやっと気づいた先輩さんが、緊張を解いたそのまま、その場にへたへたっと崩れ落ちそうになる。おっとっとと受け止めた筧くんに、素直に抱えてもらったまま、
「誤解したでしょ。この人は十文字くんっていって、お友達なんだからね。」
 メッと、ちょっぴり語調を強めるセナであり、それを聞いて“あやや”とおっかなそうに首を竦めた水町くんだったが、

  “………何でこんな叱られ方で、そうまで恐縮出来るんだろ。”

 腰が抜けでもしたのか、すっかりと筧くんとやらにすがっている“小早川先輩”なのにね。
(笑) 十文字くんと筧くんとがほぼ同じことを思ったものの、
「助けなきゃって思ってくれたんだろけど…慌てん坊なんだから、もう。」
 そうと付け足し、伸ばされた小さな手。それがそぉっと滑り込んだのが…勘違い小僧のぼさぼさの長髪の下、陽に灼けた頬へだったものだから。何だか、小さな主人に絶対服従している、長い毛並みの大型犬って構図にも見えて来て。そのまま頬をすりすりと撫でてやり、
「あんな勢いよく駆け降りて、よく転ばなかったね。此処から見てごらん。結構足場の悪い土手なんだよ?」
 叱り飛ばしたのは人への危害を加えようと仕掛かったことへ。そして、無茶をしたことへはやんわりと、
「どっこも挫いてない?」
 怪我はないかと、ただただ いたわる人だから。
“………凄げぇのな、こいつ。”
 巻き添えを食いそうで怖かったことは元より、自分の心配をさえ相手へ押しつけない叱り方が、堂に入ってておサスガで。きゅう〜んと鼻声が聞こえて来そうなほどに、撫でてくれてる小さな手へもっともっとと甘えて見せた、噂の大きな一年生は、あらためて十文字へと向き直り、
「すいませんでした。」
 勘違いして怒鳴ったし、殴り掛かろうとしてごめんなさいと。素直に謝って下さって。
「あ、ああ。」
 ホントには殴られてないんだから気にすんな。苦笑をして…何だか白けてしまったなとでも思ったか、
「じゃあ、俺、行くわ。」
 立ち話も堪能したしと、十文字くんが会釈に手を上げ、
「あ、うん。ありがとう。」
 セナもハンカチを巻いてくれた手を振って、走り出したバイクを見送った。男の子が複数寄れば、まま、こういう血気盛んなことだって起こるもので。大人しいセナの周囲には、今まであんまり縁がなかったんでドキドキしちゃったけれど、何とか落ち着けたのでと、支えててくれた筧くんへ“ありがとう”と声をかけて姿勢を持ち直す。
「で? 二人は何でこんなところに来ていたの?」
 セナはボールを探していたからだが、彼らはそういえばこの時間帯は試合中ではなかったか? そうと思い出して訊いてみたセナへ、
「それがサ、俺らのチーム、3年のA組に負けちゃったんだ。」
「あらら…。」
 ということは。
「明日、小早川さんトコとあたる筈だったのにさ。」
 まあま、敗者復活戦があるよと。不貞腐れてしまった大きな坊やの、明るい色の髪をよしよしとセナが梳いてやれば、む〜〜〜っと膨れつつも“もっと撫でて”と頭を低く下げて見せる彼であり。何とも珍妙な構図になってる大小3人、早く構内に戻らないと、見回りの先生に見つかっちゃうよ? ほら、土手の草むらも風に揺れながら“早くお帰り”って囁いてるし………。













   aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif


 お天気にも何とか恵まれた青葉祭は順調に日程を消化しており、今日でバレーとバスケの予選はほぼ終了。明日はフットサルの予選とドッチボールの予選の続き。それぞれの敗者復活戦は明後日以降に催されることになっている。
「こんにちはvv」
 体操着から制服へと着替えたセナくんが向かったのは、ポプラが寄り添う緑陰館二階の執務室。セナくんが此処に来るのは久し振りみたいに思われているかも知れませんが、そんなことはありませんで。この“青葉祭”への準備や何や、前日までの放課後は毎日通っていたし、当日に入ってからは教室よりも頻繁に足を運んでは、いつものように生徒会の皆様のお手伝いをこなしておりまして。
「よお。」
「こんにちは。」
 先にいらしてらした、蛭魔さんや高見さん、まだ体操着姿の桜庭さんが柔らかな会釈で迎えて下さり、
「………。」
 勿論のこと、お兄様も窓辺の席から目礼での会釈を下さる。それが一番に嬉しくて、相好も思い切り崩れるセナくんであり。
「あ、平気です。草で切っただけですから。」
 ぱたぱたと傍らまで寄っていったセナの手に巻かれた包帯に気づき、そぉっと大きな手のひらの中へと収めて案じるような眼差しをなさるのへ、ぶんぶんぶんと首を振って大丈夫とアピール。
「ああ、土手へとボールが飛び出したんですね。」
 軍手を持ってきなさいと付け足せばよかったですねと、高見さんが素早く“何があっての顛末か”に気づいて下さって。やっぱり機転が利く人は違うなぁって思ったと同時。その傍らにて、テーブルに並べた各競技の勝敗表を指さしながら、桜庭会長と何事か検討なさっている蛭魔さんへと視線がいった。相変わらずに強かで撓やかな肢体をしていらっしゃり、立ち居振る舞いもシャープで隙がない。花のように華麗なお姿をなさっているのに、学外のクラブチームに所属して“アメフト”という激しいスポーツに打ち込んでいらっしゃるというから、どこまでもびっくり箱のような方だけれど。

  『だってよ、ヒル魔が…。』
  『何でこんな田舎のガッコに来てるかなって、ぶつくさ言ってたし。』

 あれってホントに、水町くんたちのことだったのかな。訊いてみようか、でもでも、そうだとして、
『だったらどうした?』
 とか切り返されたら…付け足す言いようをセナは持っていない。あの体格で運動神経もいい水町くんだから、それをチェックなさって驚かれたって事かもしれない。だって言うのに、都心とかにある有名なスポーツ奨励校を選ばないで、こんな…スポーツではさほど知られていない平凡なレベルの学校にわざわざ来るなんてと、
“勿体ないなと、そう思われてのお言いようかも知れないしネ。”
 それは僕だって思ったことだしねと、自分の中で答えを見つけ、うんうんと納得すると、担当していたお仕事の結果をご報告。使用したボールは全部回収出来たけど、他の予選のコートからぽつんと引き離された場所だったせいか、コートの位置取りがやっぱり何だか皆さんからは少々不評だったことと、こっそり観戦に来ていたらしき女の子たちが、土手を登って来ていて危なかったことをお知らせし、
「おや、今年も早々と出ましたか。」
「聖キングダムかな?」
 ウチのこういう大会をこっそり観戦する子たちって言ったら、川向こうの女学院の子たちが常連だからね。毎年のことながら熱心ですよね。何が面白れぇんだろな、見ず知らずの連中の、それも素人のゲームなんか観てるだけでよ。まあまあ、ご近所様から愛されてるってのは良いことですし。そうだよ、この球技体会でその年の彼女らのアイドルが決まっちゃうらしいしね。…何だ、そりゃ。でもま、怪我人が出たり風紀上好ましくない方向へ発展されても考えもんだけどね。
「という訳で。執行部にも助っ人の監視員にも、その旨を重ねて連絡しとくこと。」
 明日への引き継ぎにそれも付け足され、報告の申し送りが済んだところで、それでは今日のところはこれでとお開きとなる。お祭り中の各競技の勝敗の行方や成績、進行状況等は、別に立ち上げられている“大会運営本部”が統括を担当していることであり、そんな関係でここにいる顔触れもそれぞれに試合には出ており、

  「明日のバレーでは、高見んトコとセナくんトコが当たるんだって?」
  「はいvv
  「おやおや、お手柔らかに願いますよ?」
  「高見さんこそ、手加減してくださいよう。
   ここまで…三年生同士の試合もストレート勝ちばかりだそうじゃないですか。」
  「あ、それって“平均身長最大vs最低”の戦いなんだってな。」
  「そんな言いようするなんて、妖一ってば、またトトカルチョ組んでるな。」
  「さぁてな。」

 わいわいがやがや、楽しげに言葉を交わしつつ、お片付けをして帰途につく。この期間だけは、がっつり重たい詰襟の上着をきっちり着込まなくても良いので(ただし見苦しい着崩しはご法度)、桜庭さんや蛭魔さんはすらりとした上半身がシャツの白に覆われていてすっきり綺麗で。高見さんや進さんは、逆にきっちりと濃紺の制服を着付けていらっしゃり。襟のホックまできっちり止めておいでなのに、それは涼しげなお顔で通されているのが凛々しくて頼もしく。
“ボクなんかがこんなおステキな皆さんの中に混じってても良いのかな?”
 一人で平均値を下げていないかしらと、ついつい尻込みしちゃうんだけど、
「???」
 そんな気配に、一番最初にきっちり気づいて下さるのがお兄様で。立ち止まると“どうした?”と目顔で訊いて下さり、おいでと招いて下さるの。あ、いえいえ、鞄が重たかったんじゃありませんって。着替えしか入ってませんし、だからあのあの、自分で持てますよう。/////// ごちゃごちゃしていると、
「放っておいたらセナくんごと抱えかねないから、鞄くらい持たせてやんなよ。」
 桜庭さんが笑ってそう言い、皆さんでドッと沸いてしまわれる。優しいお兄様たちに囲まれて、思えば去年から、何だかずっと夢心地。このままずっと、幸せなままに過ごせますように…と、セナくん、そのお胸の中で思わずお祈りしちゃったそうですが………。




       はてさて。






  〜Fine〜  05.5.10.〜5.19.

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  *他のシリーズの作品が立て続いた勢いに押されて、
   これの更新だけがぽつんと、随分と遅れてしまってましたね。
   昨年の途中から姿を見せていなかった十文字くんですが、
   彼もまた、関わって来るという展開を予定しておりましたので、
   お話が進まないのを実は筆者も結構焦っておりまして。

  *今話からしばらくは、
   これまでのような“実際の時間・季節に沿った進行”ではなくなりますので
   窮余の策です、すいません。
(こらこら)
   どか、ご理解下さいませです。
   いやぁ、ちょこっとのんびり構え過ぎまして…。
   こちらも頑張りますので、どか、よろしくです。

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